通史を書くことの難しさ(書評:矢部良明監修『【カラー版】日本やきもの史』美術出版社1998.10[増補新装版:2018.5])

著者: 恩田重直  投稿日: 2022/04/03, Sun - 15:00
『日本やきもの史』

 本書は、日本における土器、炻器、陶器、磁器といったやきものの展開を、時代ごとに通観したものである。縄文時代から現代までの1万年以上にわたる年月を10の時代に区分し、8人の執筆者が解説する。それは、目次を見るのが手っ取り早い。

はじめに(矢部良明)
第1章 縄文時代:土器時代1万年(矢部良明)
第2章 弥生・古墳時代:土器から須恵器へ(矢部良明)
第3章 奈良時代・平安前期:施釉陶の展開(齊藤孝正)
第4章 平安後期・鎌倉・室町時代:花開く地方窯(矢部良明)
第5章 桃山時代:茶陶―新しい美の創造(伊藤嘉章)
第6章 江戸時代Ⅰ:伊万里焼―磁器の誕生(佐々木秀徳)
第7章 江戸時代Ⅱ:京焼の発展(岡佳子)
第8章 明治時代:絢爛たる装飾陶磁(荒川正明)
第9章 大正時代・昭和前期:芸術性・精神性の追求(唐澤昌宏)
第10章 現代:個性の時代―伝統と前衛(金子賢治)
「日本陶磁技術・様式系統図」(伊藤嘉章)
「近・現代やきもの関連年表」(高満律子)
「巻末資料」

 目次からも垣間見えるように、時代ごとにその時代の特徴的なやきものが取り上げられ、カラー写真とともに示される。写真は、各章で20点から30点のやきものが掲載されているので、全体では250点前後のやきものが収められていることになる。かたちとあわせて色も確認できるのは、カラー版ならではの特長である。

 やきものは古ければ古いほど出土品が占める割合が多くなるので、やきものを対象とする学問分野としては考古学の範疇でもある。が、本書は全編を通じて、美術史からの眼差しとなる。それは、監修者の矢部良明が「美術史として陶磁史を捉え」(p.68)るとしていることから明白だし、なにより執筆者を問わず、文中に「美術」「芸術」「美」といった言葉が散見されることからもひしひしと伝わってくる。

 では、美術史はやきものの歴史の何を繙いてしてくれるのか。そんなことを考えさせられた一冊だった。かたちがもっている美しさに言及するのはいい。しかし、その美しさの拠りどころが示されないから釈然としない。次の一節は、第1章からの引用である。

美術としての縄文土器を述べようとしている今は、創造燃焼の高い地域に眼を注ぎ、造形意識の低い地域の土器は価値を低めて位置づける。この価値観こそが美術史の指針であると考えていただきたい。(p.14)

 この美術史の「価値観」の根幹にあると思われる「創造」「造形」の具体像は、いくら読み進めても示されないのである。根拠のない美しさは主観でしかない。その意味で、本書はやきものの美しさの見方が提示されていないと言える。やきもの初学者が手に取りやすそうな一冊だけに、残念でならない。

 かたちが生み出される背景には、技術や技法といったやきものをつくる上での直接的な要因もあろうし、生産を取り巻く社会的、経済的な影響もあろう。もちろん、本書ではいくつかのやきものについて、かたちが生み落とされた背景に言及している。しかし、その記述に一貫性は見られない。それは、複数の著者からなることも関係していようが、通史である以上、全編に通底する記述を期待するのは、間違いであろうか。まあ、美しさの見方の不在は通底しているが。

 そんな中で、第8章の明治時代を執筆した荒川正明が、「……我々はこれまで古陶磁を鑑賞する上で、茶湯によって崇められてきた『詫び』という価値観に、あまりにも縛られて来たのかもしれない」(p.130)と吐露し、それまであまり評価されてこなかった明治時代のやきものを解説する姿勢は一見に値する。

 総じて、本書は通史でありながら、通史を紡ぐ物語が欠如しているということになる。かれこれ20年以上も前に刊行された書籍に、それを求めるのは酷かもしれない。そもそも、万人受けする通史を書くことは不可能であろうが、一つの見方を提示しつつ通史を書くことは不可能ではあるまい。学問の細分化が進んだ昨今、細分化した果ての研究を現代社会の中で位置づけることは不可欠であると思われる。そうした意味では、通史を書くことは研究の見取り図を書くことでもあり、ますます重要になってきているのではないだろうか。

 なお、本評の執筆にあたっては旧版を参照しているが、本書の増補新装版が2018年5月に出版されている。旧版と増補新装版の違いは、版元のウェブサイト(https://bijutsu.press/books/970/)によれば、第7章と第10章、「近・現代やきもの関連年表」を加筆修正し、新たに第11章として「21世紀ー平成10年代様式の発展」を追加したとのことである。増補新装版は目を通していないが、骨子は基本的に変わっていないことがうかがえる。となれば、上述した通史としての問題点は、増補新装版でも大きく変わらないことが指摘できよう。ただし、これから本書を手にしようとしている方には、多少なりとも加筆修正がなされた増補新装版をお薦めする。

 

 

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